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医療関係者以外の方へ

厚生労働科学研究班からの説明

厚生労働科学研究班のホームページでフロリデーションの説明がされていますのでご紹介致します。上記クリックして下さい




医療行政の関係者へ

8020目標到達のため水道水フロリデーションは最善の策

はじめに

 病因論が解明され、むし歯は防げることが分かった今日では、小児においてむし歯ゼロを目指すことが現実的な目標となってきました。そして、その目標を果たすためには、むし歯予防の”落ちこぼれ”をいかに防ぐかにも焦点をあてなければなりません。

そこで、総ての人々(横軸)を対象にでき、それぞれの人の生涯(縦軸)を通したむし歯予防が可能な、水道水フロリデーションを取り入れることこそ、日本に必要な最善の策と考えます。

1. 国民の75歳以上の半数は、自分で噛む歯が一本も無い。

 世界トップの平均寿命、82.3歳(2010年)を持つ我が国で、国民調査(2005年歯科疾患実態調査)によると、75歳以上の半数は噛める自分の歯が一本も無い状況です(図1)。

画像の説明

小児のむし歯は減少傾向にありますが、5歳児ではまだ62%の有病率で先進諸外国に比べ高く、25歳以上成人ではほぼ100%の有病者率です。また有病状況の地域差は依然として大きくあります。

国民の一部において実証されてきた「むし歯は防げる」ことの成果を、今後、総ての国民に普及させることが我が国歯科界の第一課題と考えます。

今日、20%の者が8020に到達したという評価もあります。しかし、本来の目標としているところは、要介護者を含め、国民の平均値として、または50%の者が到達した状態であると考えます。そのような、国民の健康を最優先する目標を社会の共通確認とし、先進諸外国での実績に学び、科学的データに基づく医療(EBM)を貫いてゆく姿勢ができれば、8020運動の歩みをさらに高めてゆくことができるものと信じます。

2. 歯喪失の源は子どもの時にできたむし歯

多くの歯科疫学調査によると、現代人の歯を失う最大の原因はむし歯である、と報告されています1)。これらは、歯科治療カルテに、抜歯に至った病名として記載されている情報から求められたデータです。一方、近年になって我が国のようにう蝕治療が充実している条件のもとで、歯喪失の原因は歯周病が第一位、との結果が報告される場合もあります2,3)

どちらが本当のことでしょうか。

画像の説明

図2-a、図2-bで示された症例について、歯を失うことになった経緯を時系列的に検討してみました。

男性(歯科医師)、25歳の時にう蝕再治療で、右上顎第一大臼歯(6番)にインレー装着、右下顎第一大臼歯(6番)にクラウン装着。40代、50代の時、3~5年に一度くらいの頻度で、右上顎6、7番に歯周病の急性発作にあい、そのつど抗生物質で治めていた。しかし、60歳の時、右上顎6番、歯周組織の急性発作と逆行性歯髄炎にて抜去。その後、抜歯空隙を放置していたため、隣接の右上顎第2大臼歯(7番)が近心傾斜。62歳の時、歯周病名にて当該7番も抜去、となったものです。

これら2歯について、抜歯が必要となったカルテに記載の病名は歯周病でした。

しかし、処置歯となっていた右側上下6番の組み合わせにおいて、金属同士のこすりあわせが長年続き、咬合性外傷と、上顎6番、7番間への食辺圧入が繰り返され、垂直性骨吸収を加速させ、結果として6番抜去に至ったものと判断されました。

としますと、60歳以降に余儀なくされた抜歯の原因を遡ってみると、20代のむし歯治療、さらにその源は学齢期にできたむし歯が原因であったとすることが妥当と考えられました。

画像の説明

図3は、新潟大学の予防歯科外来において、初診時年齢が15歳~75歳、10~20年間の予防管理を受けてきた605名を対象に、この間に抜歯に至った経緯を分析した報告4)です。

初診時の年齢群別に、また健全歯とクラウン(歯冠の全体を被覆処置)別に、喪失に至った歯の率が比較分析されています。図のごとく、健全歯群に比べクラウン歯群の方が高いリスクで抜歯に至っていたことが示されています。健全歯群の喪失歯率とクラウン歯群の喪失歯率の比から求めた相対危険度は、年齢群別に2.50~8.34となっていました。

このように、う蝕とそれに伴う歯冠部の(多くは根管治療を含む)治療は、10年~20年のうちに歯周組織の防御力を超えたストレスを与え、歯列、咬合の乱れを生じさせ、結局、抜歯に至ってしまう例が多くあるものと言えます。

歯周病は歯垢、歯石をはじめとする局所要因と、喫煙習慣や糖尿病、ストレスなど全身要因の係わりがありますが、いずれの場合も健全歯列であれば歯周病予防がもっともっと効果的に行えたと考えることができます。

すなわち、歯周病で歯を失わないためのより根源的な対策は、子供時代におけるむし歯発生予防と健全歯列の育成にあることを示しているものと考察されます。


3. 上流に向かえ(Going upstream)

 真の原因を見極め、実際的な解決策を求めるには、川の上流に向かう(Going upstream: McKinlay 1974)5)如き姿勢でなければなりません。

中年以降にターゲットを絞った健康診査や、歯周病になってから診療室を訪れる患者に対してのきめ細かい治療を行うことは、上記例で子供の一命を救うごとく1歯を大切にする尊い行為です。一方、そのような事例をいかにして少なくするか、子供が川に溺れて流れてくるのを下流で待ち受けているのでなく、その前にできることは何なのか、と真剣に取り組むことの方がより倫理的であるのです。

本質的な予防対策を求め、歯科保健の上流に向かうことは、3つの要素から成立すると考えられます。

画像の説明

図4のごとく、まず、
A:「場」の要素があります。診療室の外、すなわち学校、家庭、そして地域に出向き、むし歯や歯周病の原因となる条件を探ります。

次に、
B:「年齢」の要素です。第一次予防:病気の発生予防に取り組むためには、まだ病気になっていない人を対象にしなければならないことは当然です。また、歯は萌えてから数年間の間にもっともむし歯発生リスクが高く、一方、予防方法の効果も発揮しやすいことが分かっています。よって、歯の萌出時期を考慮し子供のむし歯予防を優先することになります。

3つ目の要素は、
C:「健康レベル」です。すでにむし歯や歯周病になった歯に対しては、痛みを取り除き、そこで病気の勢いを止め、機能を回復し、歯の一命を救ってあげることが緊急課題です。

一方、その患者の口腔内にも健全歯が存在し、要素:Aと要素:Bの上流には、もっともっとたくさんの健全歯が、むし歯、歯周病のリスクに遭遇する危険と隣り合わせに存在しています。むし歯や歯周病になるのを待っているのは、保健の専門家として正しい姿勢の選択でないのです。

また、診療室での活動を行い、一方で歯科保健の上流での活動に取り組むためには、歯科担当者達はいろいろな職種の人達と協力することが不可欠となります。医師、薬剤師をはじめ、学校、保育園・幼稚園の先生方、保健師、保護者、地方行政の保健担当者、マスコミや政治家たちとも協力作業をすることになります。
そして、より根本的な解決策を含めること、公衆衛生的方策の実施を前提とすることによって初めて、総ての人を対象に歯と口腔の健全をより効率的に守ることができるものと考えます。


4. むし歯予防のEBM

 むし歯予防の具体的方策について考えてみましょう。

むし歯発生の原因は、化学細菌説をもとにしたカイスの3要因説:宿主と歯、微生物要因、飲食物要因、やニューブランの4要因説:3要因+時間(生活)、が広く受け入れられています。

一方、予防対策はいかにあるべきかを考えると、一般市民の間では正しい認識が普及しているとは言えず、むしろ、「むし歯予防の基本は歯磨き」、というEBMの対極にある考えの方が多勢のようにさえ思われます。歯科専門分野の間でも正しい認識で合意されていないからでしょうか。今一度、疫学データを正しく評価する姿勢を持って、むし歯予防の方策を整理しなければなりません。

米国の予防サービス専門調査班は、各種のう蝕予防方法について、実際的な場面からの疫学調査に基づいたデータをまとめ、それら方法の利用勧告のレベルを公表しています(表2)5)

この報告によれば、最もEBMに沿ったレベルで推奨されている:Aランクの方法は、種々のフッ化物応用法と、シーラント、そして食事のコントロールです。一方、フッ化物配合歯磨き剤を併用していない場合、むし歯予防における利用勧告としては証拠が乏しい:Cランクに分類されています。

実際、本課題に関する疫学調査は、1970年代から1980年代にかけて盛んに行われてきています。そして、それらをまとめた J. Ainamo の総説7)が有用な結論を示しています。すなわち、「歯垢清掃は、歯周病の予防とコントロールには非常に有益な方法であることが証明されているが、むし歯の予防については科学的・疫学的な証明が不十分である」、と示されています。

画像の説明

我が国における疫学調査からも、学童における歯磨き指導の限界と、相対的にフッ化物利用の有用性が繰り返し確認されてきています8)

そして、今日得られた歯科医学のエビデンスを基に、地域の総ての人々を対象としたう蝕予防対策を総合的、体系的に構成したプログラムとして、佐久間は「理想的なう蝕予防ピラミッド」を図5のように表わしています。


5. 手を延ばせば届く有益なむし歯予防方法

 フッ化物利用の方法として、A) 局所応用法とB) 全身応用法があります。

画像の説明

A)局所応用には、自己応用法としてのフッ化物歯磨き剤、フッ化物洗口、また専門的処置を受ける方法としてフッ化物歯面塗布法があります。

また
B)全身応用法 としては、水道水フロリデーション(図6)と食塩フロリデーションがあります。

我が国の実施状況は現在のところA) 局所応用に限られています。フッ化物歯磨き剤の市場占有率:89%(2009年)、施設単位でのフッ化物洗口普及者率:4~14歳で6%(2010年)、またフッ化物歯面塗布経験者率:1~14歳で59%(2005年)、となっておりまだまだ不十分なレベルと言わざるを得ません。


もっとも有用性の高いB) 全身応用の水道水フロリデーションは、過去に3例の経験があるもののそれらが中止され、その後40年以上の間、実施ゼロのまま経過してきています。

画像の説明

水道水フロリデーションの高い安全の根拠は、3つの側面から求めることができます(図7)。すなわち、

1). 自然に学び:天然の元素による適量、飲料水中の適正フッ化物イオン濃度(1ppm)の発見とその模倣、地域の総ての人々をカバーでき、人の生涯を通して有効であること。

2). 長年の実績:米国では1945年に開始、現在世界約60か国(天然+調整による)で実施中。

3) 専門機関の推奨:WHOを含む150以上の医学保健の専門機関が推奨していること、を挙げることができます。

これら3つの側面に加え、費用効果が高い特徴があげられます。


さらに注目される特徴として、社会経済的理由でむし歯有病の格差が生じている場合でも、フロリデーションを実施すればこの格差を解消する方向に持っていけることが実証されています。

画像の説明

図8は英国の広範囲多人数を調査対象としたエビデンス・レベルの高い報告で、家庭の経済レベルによる健康格差を縮小するフロリデーションの恩恵を示したものです。

フロリデーション非実施地区で示されているごとく、貧困度指数が高くなるに従って右肩上がりにむし歯数が増加しています。ところが、フロリデーション実施地区では、全体にむし歯数が低くなっている他、貧困度指数に伴う差の傾向が緩くなっていることが分かります。

水道水フロリデーションはWHOやFDIがむし歯予防の最善の公衆衛生施策として推奨しているものです。

フロリデーションの科学は今日の世界の医学界・歯学界が共有している財産といえます。また、我が国の優れた水道工学の技術をもってすれば水道水フロリデーションの安全な稼働は充分に手の届くところに存在していると考えます。


6. 水道水フロリデーションの実現は無理だからあきらめよう?

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 世界の予防歯科学の分野において、またむし歯発生の4要因説で高名な米国のニューブラウン先生は、来日時の講演でイソップ童話の例え話を用いて、「フロリデーションは社会的に困難だから、無理なのであきらめましょう」と考えてしまいがちの人達を諭されました(図9)。


社会的条件は工夫と努力を重ねれば変えることができるのです。また、「困難」と「無理」は違うと考えるべきです。そして、水道水フロリデーションの価値、有用性は、社会的困難とは独立して存在しており、そのような総ての国民の健康に役立つ公衆衛生施策の実現は、いかなる社会的困難よりも優先されるべきなのです。


まず、国民に水道水フロリデーションとは何かを知ってもらうことから始めましょう。どのような方法で実施するのか、費用がどれくらいか、どれくらい有効性があるのか、なぜむし歯が減るのか、それら情報をまだ聞いたこともないという人の方が殆どでしょうから。


また、インターネットで「フッ素」を検索すると、「毒だ」、という文字が飛び込んできます。それらの説を分析してみると、適量の概念に基づいておらず、原因結果分析の原則から外れた統計学を使っていることが分かります。そのような科学的根拠のない間違った説を、「風雪の虚偽」と言います。


歯学の専門家は、それらの一つ一つの心配論に丁寧な解説で対応しなければなりません。心配論の説明に必要な情報は、WHOをはじめ世界の医学保健の専門機関が、数限りない医学論文を基に提供しています。国内にも、すぐ手にできる数多くの解説書が発行されています9,10,11)


また、テレビ、新聞、雑誌、ホームページ等など、いろいろな広報手段を使って、正しい知識の普及に努めなければなりません。


さらに、毎日歯科医院を訪れてくる患者さんに直接に言葉で伝えることができれば、一番効果的な知識提供のチャンスになるでしょう。

画像の説明



すでに、地域単位で住民啓発に本腰を入れている事例もあります。群馬県・下仁田町や埼玉県・吉川市では、歯科医院や薬局を基地にして、町民にフロリデーション水の試飲や、無料提供を実施しています。図10は下仁田町保健センターに設置されたフロリデーション水を作るモデル装置です。


我が国における水道水フロリデーション実現の根本的な方策をどんどん遡ってみると、歯学教育や歯学の専門学会に責任の出発があると考えられます。


先の10月8-10日、日本大学松戸歯学部で開催された第60回日本口腔衛生学会において、700名を超える参加者のもと、熱のこもった討議が行われました。大久保満男・日本歯科医師会長も参加された8020財団のコラボ・シンポジウムにおいて、8020運動実績と本年8月に成立した「歯科口腔保健法」の意義13)を確認することができました。また、30年周年を迎えた韓国、57年の実績を持つオーストラリアの権威者からフロリデーションの成功のプロセスを拝聴し、日本でも実現できるはず、との意を強くすることができました。そして、学会をリードする研究者と若手の歯科医がシンポジウムを担い、フロリデーション実現の課題に正面から取り組みました。


その中で、シンポジストの宮崎県日南保健所長・瀧口俊一先生からの貴重なご提案がありました。学会としても積極的に参加すべき課題ととらえ、日本人による努力の新しい出発になることを期待して、提言を記録します。


[フロリデーション実現のための提言 瀧口俊一] 

1) 強力な政治活動:水道法条例改正や政策実現に向け、政治活動を強力に推進する。

2) 連帯:専門家組織、職能団体、非政府組織、民間組織等が幅広く連携・連帯する。

3) 持続的な唱導:健康社会の実現に向け、フロリデーションを唱導し続ける。

(以上、小林清吾:「子供の歯を守ろう」, 8020財団会誌,2011. より一部改変させて頂いています。)



参考文献

1)

葭原明弘, 宮崎秀夫:第13章 歯科疾患の疫学, 新予防歯科学第4版, 医歯薬出版, 東京, 194頁, 2011.

2)

大石憲一, 他:岡山県における永久歯抜歯の理由について-平成10年調査と昭和61年度調査との比較-, 口腔衛生会誌, 51: 57-62, 2001.

3)

山本龍生, 他:8~10年間のメインテナンス患者における歯の喪失状況と喪失に関する要因, 口腔衛生会誌, 57: 632-639, 2007.

4)

安藤雄一, 他:クラウンを施した歯牙の喪失リスクについて-健全歯との比較-, 日本歯科評論, 4月号, 618号, 195-205, 1994年.

5)

John J. Murray, et al: Prevention of Oral Disease, Forth Edition, Oxford University Press, New York, 243-244, 2003.

6)

小林清吾:頁V:筒井昭仁, 八木稔:新 フッ素で始めるむし歯予防, 医歯薬出版, 東京, 2011.

7)

J. Ainamo: Relative roles of toothbrushing, sucrose consumption and fluorides in the maintenance of oral health in children. Int Dent. J. 30; 54-66, 1980.

8)

小林清吾, 他:広げようカリエス・フリーの輪 -学校・園におけるフッ化物洗口(前編)- 小児歯科臨床, 第16巻, 1号, 1-6, 2011.; (後編)第16巻, 10号, 47-56, 2011.

9)

NPO法人 日本むし歯予防フッ素推進会議 編:(訳)ADAフロリデーション・ファクツ 2005 -正しい科学に基づく水道水フッ化物濃度調整-, 口腔保健協会, 東京, 2006.

10)

吉川市フロリデーション推進会議/吉川歯科医師会/吉川市:水道水フロリデーション問答集, 2010.

11)

久米島:水道水フロリデーション問答集―久米島バージョン―, 2002.

12)

第60回 日本口腔衛生学会・総会:(訳)水道水フロリデーションQ&A・オーストラリア・ヴィクトリア州政府編, 2011.

13)

大久保満男:障害を通じた口腔保健の推進に取り組む, 社会保険旬報、N02472(2011,9,21)